バッハ:BWV651–668『18のコラール』──歴史・構造・演奏の深層ガイド

はじめに — 『18のコラール』とは何か

BWV651–668、通称「18のコラール(Achtzehn Choräle / Great Eighteen Chorale Preludes)」は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが遺したオルガン作品群の中でも特に重要かつ多様性に富む一連のコラール・プレリュードです。形式や技法の幅広さ、成熟した対位法と和声感、改訂を重ねた成熟度から、バッハの晩年のオルガニスト/作曲家としての姿勢が色濃く反映されています。本稿では歴史的背景、作曲と編纂の経緯、楽曲の構造的特徴、演奏・解釈上のポイント、受容史と現代的意義に至るまで、できる限り詳細に解説します。

歴史的背景と成立過程

これら18曲は一斉に作曲されたわけではなく、バッハが各時期に作曲したコラール前奏曲を選び出し、ライプツィヒ時代を中心に何度も改訂してまとまった形になったものです。多くは早期の作品に起源を持ち、南ドイツや北ドイツのオルガン伝統(たとえばパッヘルベルやブクステフーデら)を吸収した素材が、ライプツィヒでの熟成を経て完成形に至ったと考えられます。バッハは1730年代から1740年代にかけてオルガン作品を再検討・改訂することが多く、これらのコラール群もその再編成の一環として位置づけられます。

編成・楽曲の性格分類

18曲は形式・技法の点で多様ですが、実務的にはいくつかのタイプに分けて理解すると聴き取りやすくなります。

  • 装飾されたコラール(Ornamented Chorale): メロディに豊かな装飾を施し、声部の精緻な扱いで感情的な深まりを作るもの。
  • トリオ形式(Chorale Trio): 通常のトリオ・ソナタ様式に倣い、二つの手とペダルが独立した三声を形成するもの。
  • ペダルにカントゥス・フィルムスを持つもの(Cantus firmus in Pedal): コラール旋律がペダルに移され、手部が織り成す対位法的展開が主役となるもの。
  • シンプルな和声的扱いのもの(Harmonized Chorale): 四声体のコラール和声をオルガン用に整えた形式。

この分類は便宜的ですが、実際の各曲は複数の要素を併せ持つことが多く、例えば装飾されたコラールでありながらペダルに主題を持つなどの混合型も見られます。

和声と対位法の特色

18のコラールに共通する重要な特徴は、バッハが伝統的なコラール和声に対して非常に巧妙な対位法的処理を施している点です。コラール旋律(カントゥス・フィルムス)を単に伴奏するのではなく、周囲の声部が旋律を反映、対話、または反復することで、和声進行自体が物語性や感情を発するようになります。半音階的な進行や非和声音の埋め込み、モダレーションの巧みさも随所に見られ、短い時間の中に驚くほど豊かな和音の動きが凝縮されています。

装飾と口伝的技法

装飾の使用はバッハのオルガン作法において重要です。装飾は単なる指の飾りではなく、テキスト(コラールの歌詞)や宗教的な意味合いを音楽的に表現する手段です。テンポの設定、フレージング、トリラやモルデントの使い分けは、当時のドイツ・バロックの性能実践(performance practice)に基づきます。モダンオルガンで演奏する場合でも、ストップの選択やタッチの切り替えでバッハ的な語り口を再現することが求められます。

リトルギー上の役割と機能

コラール前奏曲は礼拝の中で重要な位置を占めました。典型的には会衆の歌唱の前や後、あるいは説教のための導入として用いられ、テキストの意味を楽想的に拡張する役割を持ちます。BWV651–668の多くは歌のための前奏や黙想的な間奏としてふさわしい構成を持ち、教会暦や礼拝の状況に応じた選曲がなされました。バッハ自身、カントールとして礼拝音楽の実務に深く関与していたため、これらの作品にも実用的な配慮が反映されています。

楽譜と校訂史 — どの版を使うべきか

現代においては、バッハのオルガン曲は数多くの版が流通しています。学術的に最も信頼されるのはニューエ・バッハ・アウスガーベ(Neue Bach-Ausgabe, NBA)で、テクストの成立過程や写本・自筆譜の差異に関する注記が付されています。演奏用には使いやすさを重視した実用版や指使い注釈つきの版も多く、初学者から研究者まで目的に応じて選ぶと良いでしょう。

演奏上の具体的ポイント

  • 登録(ストップ選択): 各曲の性格に合わせた色彩設計が重要。装飾的・内省的な曲は弱音系(flute, principal soft)、トリオや対位法が活きる曲は明瞭なディスカントと独立したペダル・トーンを用いる。
  • テンポ感: コラールの歌詞の語感や呼吸を尊重する。過度の速さは装飾の明瞭さを損ない、遅すぎると対位法の推進力を失う。
  • フレージングとアーティキュレーション: 人声の歌唱を想像し、フレーズの始まりと終わりを明確にする。短音価は鋭く切るよりも語尾の輪郭を意識する。
  • ペダルの扱い: バッハ作品ではペダルは声部の一つとして独立性を持つことが多い。足の独立性と音色の弾力性を練習すること。

受容史と現代での位置づけ

19世紀以降、バッハのオルガン作品は再評価と普及が進みました。特に20世紀には歴史的性能実践の発展により、原典に近い音色と奏法での演奏が増え、現代のオルガン事情でもこれら18曲は教養的かつ演奏会のレパートリーとして重要な位置を占めています。教育的側面としても、コラールの解釈や対位法的思考を養う教材として不可欠です。

聴きどころ(ガイド)

聴く際には次の点に注意すると理解が深まります。まずカントゥス・フィルムス(旋律)がどの声部にあるかを追い、それが他の声部とどう関係しているかを意識します。次に和声の「色合い」(転調や不協和の解決)と、装飾・対位法がテキストの感情をどう描くかを想像してください。短い曲でも内部に物語が凝縮されており、反復して聴くことで新たな発見があります。

影響と遺産

これらのコラール前奏曲は後世の作曲家やオルガニストに大きな影響を与え、オルガン教本や編曲作品に繰り返し引用・参照されてきました。作曲技法としての対位法的厳密さ、和声の創造性、宗教的表現の統合は、今日の音楽理解にとっても学ぶべき点が多く残されています。

結論 — 聴き・弾き・考えるバッハ

BWV651–668は単なる古典作品の集積ではなく、バッハの宗教的・音楽的成熟の証です。演奏者にとっては技術と解釈の両面を鍛える格好の教材であり、聴衆にとっては短い時間で深い宗教的・美的体験を提供します。原典に触れつつ、多様な版や演奏を比較して聴くことで、それぞれのコラールの多層的な魅力がより明瞭になるでしょう。

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参考文献