アナログ電源設計の総合ガイド:ノイズ抑制・PSRR最適化・グラウンド設計の実践
アナログ電源とは — 定義と重要性
アナログ電源とは、主にアナログ回路(センサ、アンプ、ADC/DAC、クロック、アナログフロントエンドなど)に供給される電力のことを指します。ここでいう「アナログ」は、デジタルの0/1の論理レベルではなく、連続的な電圧や電流で情報を扱う回路群を意味します。アナログ回路は電源の微小な変動やノイズに敏感であり、電源品質がシステム性能(SNR、分解能、直線性、ドリフトなど)を直接左右します。そのため「アナログ電源の設計」は単なる電圧供給ではなく、ノイズ、インピーダンス、グラウンド参照、シーケンシング、熱、EMI/EMCなどを含む総合的な課題となります。
アナログ電源の特徴
- 低ノイズ性の要求:アナログ回路は小さな電圧差を扱うため、電源ノイズ(ランダム雑音・周期雑音・スパイク)が出力にそのまま乗るとSNRや精度が悪化します。
- 高PSRRが重要:供給側の変動をどれだけ抑えられるか(Power Supply Rejection Ratio)はアナログICの性能指標の一つで、電源設計ではPSRRを最大限引き出す工夫が必要です。
- 低出力インピーダンス:負荷の急変(トランジェント)に対して電圧を維持するために、電源の出力インピーダンスを低く抑えることが求められます。
- グラウンド管理:アナロググラウンドはノイズのループや共通インピーダンス誤差を避けるため慎重に扱う必要があります(スター接地や分割グラウンド、単一点接続など)。
- 熱・信頼性:低ドロップアウトでも発熱が問題になる場合があるため、熱設計や過渡保護も重要です。
代表的な電源方式と選択基準
アナログ電源に使われる方式は主に以下の通りです。それぞれ長所・短所があり、用途に応じて組み合わせて使うことが多いです。
- 線形レギュレータ(リニアレギュレータ、LDO含む)
出力ノイズが低く、EMI が少なく回路が単純。だがドロップ電圧×電流分の電力が熱として放出され、効率は低い。高精度なアナログ回路やオーディオ、測定器などで好まれる。
- スイッチングレギュレータ(降圧/昇圧等)
効率が良く発熱が少ない。だがスイッチングノイズが発生し、帯域の高いノイズ対策(フィルタ、シールド、後段LDO)が必要。
- 分離型(アイソレート)電源
フローティングされた電源が必要なセンシングや高電圧分離で使う。アイソレーションはグランドループ防止に有効だがコストと複雑度が増す。
- 専用電源(基準電源、リファレンス)
電圧リファレンスやバイアス源はアナログ性能に直結する。高精度リファレンスは温度係数(TC)、ドリフト、出力ノイズが低い製品を用いる。
ノイズの種類と回路への影響
- 低周波ドリフト(mHz〜Hz〜kHz):温度や電源のゆっくりした変動に起因し、DC精度やゼロ点に悪影響を与える。
- 高周波スイッチングノイズ(kHz〜MHz):スイッチングコンバータ由来のスパイクやリップル。ADCのサンプリングで折り返してしまうと測定誤差を生む。
- 周期性のラインノイズ(50/60 Hzと高調波):外部電源や蛍光灯などの影響で回路に入り込みやすい。
- グラウンドループおよび共通インピーダンスノイズ:異なる回路群が同一のグラウンド経路を共有すると、片方の大電流が他方の基準電位をずらす。
設計上の基本的な注意点(実践ガイド)
- 電源トポロジーの選定:まずは性能要件(ノイズ、効率、発熱、コスト)を明確にし、必要ならスイッチング+LDO(ポストレギュレーション)を採用する。
- デカップリングの原則:各アナログICの電源ピンに近接して高周波用のセラミックコンデンサ(一般に0.01〜0.1µF)を置き、並列に10µF程度のタンタル/電解(または低ESRセラミック)を置く。高周波は小さな容量、低周波やバルクは大きな容量で受け持つ。
- レイアウト:電源・グラウンドのプレーン化で低インピーダンス経路を確保。デカップリングはICピンから極力短いパスに置く。アナログとデジタルはグラウンド分離し、単一点(star)で結合するか、アナロググラウンドをデジタルからアイソレートする。
- フィルタリング:LCフィルタ、RCフィルタ、共通モードチョーク、π(パイ)フィルタなどを組み合わせ、スイッチングノイズや外来ノイズを削減する。フィルタ設計では負荷変動時の安定性を確認する。
- LDOの使い方:スイッチングの後段にLDOを置くと、LDOが入力側の高周波ノイズをある程度除去する(ただしLDOのPSRRは周波数依存)。LDOの選定ではノイズスペクトル、PSRR、負荷過渡応答、安定化用の出力コンデンサ要件を確認する。
- 電源シーケンシング:ADC/DACや差動アンプなどでは電源の順序が重要(リファレンスより先にアンプを起動しない等)。ICのデータシートに記載された推奨シーケンスを守る。
- 温度と熱管理:線形レギュレータは電力損失が熱となる。許容ジャンクション温度や放熱経路(ヒートシンク、ベタパターン)を考慮する。
- 部品の実効特性:コンデンサのESR/ESL、インダクタの飽和特性、レギュレータの出力インピーダンス特性は回路性能に直結するため、データシートの周波数特性を確認する。
グラウンド設計のポイント
グラウンドは単なる「0V」の記号ではなく回路の帰還経路そのものです。誤った接地はノイズの主原因になります。
- スター接地:アナログの重要点(リファレンス、センシング抵抗、ADCのアナログ入力など)を単一点にまとめて帰す手法。
- 分割グラウンド:アナロググラウンドとデジタルグラウンドを分け、1点で接続する。接続点は電源やリファレンスの近傍が良い。
- グラウンドプレーン:多層基板では連続したグラウンドプレーンを持たせ、インピーダンスを低減。プレーンはスパイラルや細切れにしない。
- 高電流経路と静特性経路の分離:スイッチングのGND帰還や大電流のグランドは感度の高いアナロググランドから隔離する。
部品選定の実務的指針
- レギュレータ:ノイズ密度、PSRR特性(周波数特性)、負荷過渡応答、ドロップアウト電圧、出力電流、熱性能、必要な出力コンデンサの種類と値を確認する。
- コンデンサ:セラミック(MLCC)はESL/ESRが小さく高周波デカップに最適。大容量は温度やDCバイアスで容量低下することに注意。電解/タンタルは低周波のバルク用に。
- インダクタとフィルタ:スイッチングの帯域に応じたインダクタを選び、共振周波数や飽和特性をチェックする。
- リファレンス:精密な基準電圧が必要な場合は、低ノイズ・低TCのリファレンスICを用いる。外部のノイズ除去コンデンサやシールドを検討する。
測定と評価方法
- オシロスコープとFFT:電源リップルやスパイクを観察する。高帯域のノイズ測定にはアンテナ効果やプローブの影響に注意。
- スペクトラムアナライザ:スイッチングノイズやEMI周波数成分の解析に有効。
- ノイズ密度測定:nV/√Hzなどで表すことが多く、周波数依存性を確認する。
- PSRR測定:電源に小振幅のACを加え(注入)、出力側の余剰成分を測ることでPSRRを評価する(周波数スイープで特性を得る)。
- トランジェント応答:負荷に高速パルスを与え、電圧降下と復帰時間を評価する(電源の出力インピーダンスとデカップリングの効果を確認)。
実例:ADCを使う計測系でのアナログ電源設計の考え方
ADCを扱うシステムではリファレンス電源とアナログ電源のノイズが直接分解能とSNRに影響します。実務では以下のような配置がよく採用されます。
- メインのスイッチング降圧で効率的に電源を生成
- ADCやその前段アンプにはスイッチングの後段にLDOを入れて高周波ノイズを低減
- リファレンスは専用の低ノイズリファレンスICを用い、必要なら外付けのフィルタやバッファを追加
- ADC近傍には必ずデカップリング、入力信号のグランド経路を明確化
よくあるトラブルと対策
- 問題:ADCに周期ノイズが乗る。対策:スイッチング周波数とサンプリング周波数の関係を検討し、LDOやフィルタでスイッチング高調波を除去。
- 問題:測定値に低周波ドリフト。対策:電源リファレンスの温度係数を改善、回路の自己発熱や外部温度の影響を低減。
- 問題:グラウンドノイズによる誤差。対策:グラウンドプレーン整理、分割と単一点接続、感度経路の独立化。
まとめ
アナログ電源設計は単なる「電圧を供給する」ことを超え、回路特性、ノイズ管理、周波数特性、グラウンド、熱、EMIといった多面的な要素をバランス良く満たす必要があります。設計の第一歩は要件(ノイズ、効率、熱、コスト)を明確化すること、次に適切なトポロジーと部品を選び、レイアウトとデカップリングを慎重に行い、実機での測定・評価と反復によって最適化していくことです。最後に、ICデータシートやアプリケーションノートに記載された推奨回路や注意点を必ず参照してください。
参考文献
- Wikipedia: 電源
- Wikipedia: Linear regulator
- Wikipedia: Switching regulator
- Wikipedia: Power integrity
- All About Circuits: Decoupling capacitors — why and how to use them
- Electronics-Tutorials: Power Supplies
(注)本コラムは一般的な設計指針と実務上の注意点をまとめたものです。具体的な回路設計や部品選定を行う際は、各ICや部品のデータシート、アプリケーションノート、EMC/安全規格等を必ず参照してください。


