リニアレギュレータ 完全ガイド:基本原理から設計・選定・実務まで徹底解説

リニアレギュレータとは

リニアレギュレータ(linear regulator)は、入力電圧を所望の安定した出力電圧に変換する電源回路の一種で、スイッチング要素を用いずに内部の直列(または並列)な素子で電圧を「落とす」方式を取ります。代表的な構成はシリーズ(直列)パス素子で、入力と出力の間に能動素子(トランジスタやMOSFET)を挟み、誤差増幅器と基準電圧(バンドギャップ基準など)を用いて出力電圧をフィードバック制御します。

主な種類と構成

  • シリーズレギュレータ:入力と出力の間にパス素子(BJTやMOSFET)を置き、差分を消費して出力を制御する最も一般的な形。電力を素子で熱として消費するため効率はVout/Vinに限定される。

  • シャントレギュレータ:負荷に並列に接続され、余分な電流をグランドに流して出力電圧を一定にする方式。小電流や基準源、リファレンス用途で使われる(例:TL431は調整可能なシャント参照として広く使われる)。

  • LDO(Low Dropout Regulator):低ドロップアウト電圧で動作するシリーズ型リニアレギュレータ。従来のBJTパス素子を使ったものより低いVin−Vout差で出力を維持でき、バッテリー駆動回路などで重宝される。パス素子にはPチャンネルMOSFETやPNPトランジスタなどが用いられることが多い。

  • 固定出力型/可変出力型:固定電圧(例:5V、3.3V)を出すタイプと、外部抵抗で出力を設定する可変型(例:LM317のようなアジャスタブルレギュレータ)がある。

動作原理(基本ブロック)

典型的なリニアレギュレータは以下の要素で構成されます。

  • 基準電圧(Reference):安定な基準源(多くはバンドギャップリファレンス)を生成し、出力精度の基準とする。

  • 誤差増幅器(Error amplifier):出力のフィードバック電圧と基準電圧を比較し、パス素子のゲート/ベースを駆動して出力を調整する。

  • パス素子(Series pass element):出力電力を制御する能動素子。低ドロップアウト化にはPch MOSFETやPNPトランジスタがよく使われる。

  • 保護回路:過電流保護(CL)、熱シャットダウン(thermal shutdown)、短絡保護などを内蔵していることが多い。

主要パラメータの意味と設計への影響

  • ドロップアウト電圧(Dropout Voltage)
    Vin−Voutがこの値より小さいと規制出来なくなる。LDOはこの値が小さく、バッテリー終端などで有利。ドロップアウトは出力電流に依存して増加するので、最大負荷時の値を確認する。

  • クワイエッセント電流(Quiescent Current, IQ)
    レギュレータが動作するために内部回路が消費する電流。バッテリー駆動ではIQが低いほど待機時の消費を抑えられる。負荷電流より無視できない場合がある。

  • 出力電流(Iout)
    レギュレータが供給可能な最大電流。供給電流に応じてパワーディシペーション(消費電力)が増え、熱設計が重要になる。

  • 出力雑音・リップル除去(Output Noise / PSRR)
    電源の雑音や入力側リップルをどれだけ抑えられるか。PSRRは周波数依存で高周波では低下する。低雑音が要求されるアナログ回路やADCの参照にはリニアが好まれる。

  • ライン/ロードレギュレーション
    入力電圧変動(ライン)や負荷変動(ロード)に対して出力がどれだけ安定に保たれるかを示す指標。

  • 熱抵抗(θJA, θJC)と熱管理
    パッケージやPCBでの熱設計に必要。ジャンクション温度は Tj = Ta + Pd × θJA(Pdはデバイスで消費される電力)で算出し、最大許容Tjを超えない設計が必要。

消費電力と熱設計の計算

リニアレギュレータは効率的に電力を変換するのではなく、余剰電力を熱として消費します。消費電力はおおむね次の式で表されます:

Pd = (Vin − Vout) × Iout + IQ × Vin(IQ項は通常小さいが無視できない場合もある)

このPdを元にパッケージの熱抵抗θJAを使って周囲温度でのジャンクション温度上昇を計算し、放熱対策(大きな銅箔、熱ビア、ヒートシンクなど)を検討します。短絡時や過負荷時には保護が動作するが、連続的な高損失状態を避ける設計が重要です。

利点と欠点(スイッチングレギュレータとの比較)

  • 利点
    - 回路が単純で設計が容易。
    - 出力ノイズやリップルが小さく、アナログ回路やRF回路、ADC参照などに適する。
    - EMI(電磁妨害)が少ない。
    - 小さな外付け部品で実装できるものが多い。

  • 欠点
    - 効率が低い(特にVin >> Vout、かつ大電流時)。消費電力の大部分が熱になる。
    - 大電流を扱うと放熱対策が必要。
    - 入力電圧が出力に近くなると使えない(ドロップアウト制約)。

出力コンデンサと安定性

多くのリニアレギュレータは出力コンデンサの容量値やESR(等価直列抵抗)により安定性が左右されます。特にLDOでは誤差増幅ループの位相マージンが出力コンデンサのESRに依存する設計のものがあり、ESRが極めて低いセラミックコンデンサだけでは発振してしまう場合があります。近年の部品はセラミックだけで安定化できるものも増えていますが、データシートで指定された最小容量と推奨ESR範囲を必ず確認する必要があります。

保護機能

一般的な保護機能としては過電流保護(定電流リミット、フォールドバック機能を持つものもある)、熱シャットダウン、短絡保護、逆電流保護(出力から入力へ電流が流れるのを防ぐ)などがあります。特に安全性や信頼性が求められる設計では、これらの保護挙動(トリップポイントや動作モード)をデータシートで確認してください。

選定のポイント(設計者が見るべき項目)

  • 出力電圧と精度(初期精度、温度係数)

  • 最大負荷電流と安全マージン

  • ドロップアウト電圧(最大負荷時の値)

  • クワイエッセント電流(バッテリー運用時は特に重要)

  • 出力ノイズ/PSRR(アナログ回路やADCに直結する場合)

  • 出力コンデンサ要件(容量、種類、ESR)

  • 保護機能の有無と動作仕様

  • 熱特性とパッケージ(θJA/θJC)

  • コスト、サイズ、入手性

実際の応用例と設計上の注意点

  • ノイズにシビアな回路:オーディオ、ADCのリファレンス、センシング系はリニアが適する。さらに低ノイズLDOや出力にポストフィルタ(LCやRC)を併用する手法がある。

  • バッテリー駆動機器:バッテリー終端まで利用したい場合は低ドロップアウトかつ低IQのLDOを選ぶ。だだし、電流が大きい場合は効率で不利になるためスイッチング+LDOの組合せ(ポスト・レギュレータ)も検討する。

  • 大電流アプリケーション:Vin−Voutが大きく大電流を流す場合、発熱が問題になる。可能なら降圧(スイッチング)方式を選定し、熱放散と安全マージンを厳密に評価する。

  • 出力キャパシタの選択:低ESRなセラミックコンデンサを使うと突入電流や過渡応答が良くなるが、製品によっては指定されたESR不足で不安定化するので、データシートの推奨を遵守すること。

  • 高周波リップルや外来ノイズ:PSRRは周波数に依存して低下するため、高周波のノイズ源がある場合は追加のフィルタやシールドを検討する。

設計チェックリスト(実装前)

  • データシートの最大負荷時のドロップアウト電圧を確認したか

  • 予想されるPd(消費電力)を計算し、θJAでTjを評価したか

  • 出力コンデンサの容量とESRが推奨範囲にあるか

  • 過渡応答(負荷ステップ)に対する挙動を検証したか(回路シミュレーションや評価基板での測定)

  • EQやEMIの懸念がある場合はスイッチング方式やフィルタの検討をしたか

代表的な部品例(歴史的・現行の例)

  • 78xxシリーズ(固定出力、古典的な3端子レギュレータ)

  • LM317などの可変式レギュレータ(アナログデバイスで広く使われる)

  • AMS1117などの低コストLDO(ただしドロップアウトがやや大きめで、IQやリップル性能に差がある)

  • 近年の低ノイズ・低IQ・低ドロップ製品(各社が多数ラインナップ)

まとめ(いつリニアを選ぶか)

リニアレギュレータは「シンプルでノイズが少なく、少ない部品で実装できる」ことが最大の魅力です。低電力でノイズ敏感な回路、設計の簡素化、小規模な電流での利用には適しています。一方でVinとVoutの差が大きく、かつ大電流が要求される場合は熱問題と効率の悪さからスイッチングレギュレータが適することが多いです。多くの設計では、スイッチングで大まかに電圧を落とし、最終的な低ノイズ出力を得るためにLDOを使う「前段スイッチ+後段LDO」のハイブリッド構成が使われます。

参考文献