モーツァルト:『羊飼いの娘セリメーヌ』の主題による12の変奏曲 K.359 — 背景・分析・演奏の手引き

概説

ウィーン在住期のモーツァルトが1781年頃に作曲したとされる「フランスの歌『羊飼いの娘セリメーヌ(La bergère Célimène)』の主題による12の変奏曲 ト長調 K.359(K6.374a)」は、主題と12の変奏からなる独奏鍵盤(当時のクラヴィーア/ピアノ)作品です。親しみやすい民謡風の主題を素材に、緻密な和声処理と多彩な技巧を織り込みながらも、室内・サロンでの演奏に適した短い規模でまとめられています。モーツァルトの変奏曲作品は当時のサロン音楽市場に向けて書かれた例が多く、本作もその延長線上に位置します。

成立と歴史的背景

1781年前後は、モーツァルトがザルツブルクを離れてウィーンへ移住した時期であり、経済的自立と新たな聴衆獲得を目指して多様なジャンルの小品や協奏曲、オペラの創作に精力を注いだ時期でもありました。ピアノ独奏の変奏曲は、出版や家庭音楽(アマチュア愛好家)の市場に向けた実用的作品として重宝されました。本作のように当時流行していた外国の民謡や歌を素材にする手法は、聴衆に親近感を与え、作者の作曲技法を見せる良い場でもありました。

主題(La bergère Célimène)について

主題は18世紀フランス圏で広まった歌謡の一つで、作者は必ずしも明確ではありません。題名にある「羊飼いの娘セリメーヌ」は人物像を示す民謡的なモティーフであり、旋律そのものは単純で覚えやすく、変奏の素材として適しています。モーツァルトはこうした素材を使って、旋律の輪郭を保ちながらも対位法的処理や和声の拡張、リズムの変化などを巧みに施しています。

形式と音楽的特徴

作品は「主題+12の変奏」という古典的な変奏形式をとります。以下に本作に見られる主な音楽的特徴を挙げます。

  • 統一された和声基盤:全体としてト長調を中心に据え、変奏の中で近親調(属調・下属調・短調いずれか)への一時的な移行を行いながら、主題の帰着に向けて収束させる構成感。
  • テクスチュアの変化:単純な伴奏形からアルベルティ・バス風の分散和音、跳躍を伴う装飾的なパッセージ、対位的な右左手の掛け合いなど、ピアノ独奏で多彩な音響を生み出す試みがなされている点。
  • 装飾と変形:旋律線の装飾、リズムの短縮化や伸長、装飾音の導入により主題の輪郭を変えつつ識別可能性を保つ手法。
  • 技巧的要素の導入:速いパッセージ、トリルや跳躍、和声的な伴奏の省略・補完など、演奏者の技巧を見せる節が随所に現れる。
  • 劇的対比の利用:緩徐的な変奏と快速の変奏を交互に配置することで、全体のダイナミクスと表情の幅を確保している。

聞きどころ・各変奏の注目点(概説)

本作は一つ一つの変奏が短く凝縮されているため、細部の工夫を聴き取ることが楽しみです。主題は素朴な旋律で始まり、初期の変奏では装飾や伴奏形の変化によって主題の表情を変えます。中盤では左手に伴う低域の動きや右手の装飾的な分散和音が強まり、終盤では技巧的なパッセージや和声的で盛り上がる箇所を経て、最後に主題の帰着もしくはそれを基調にした華やかな終結へと導かれます。演奏家はそれぞれの変奏のキャラクターを明確にしつつ、作品全体の統一感を損なわないことが求められます。

演奏上のポイント

演奏時に注目すべき点を挙げます。

  • 主題の提示は明確に:主題は作品全体の基盤なので、その輪郭(リズムと音階)をはっきり示し、以後の変奏でその変容が分かるようにする。
  • 変奏ごとの色彩差:装飾の有無、伴奏形の変化、音域の違いなどを生かして、各変奏のキャラクター(穏やかさ、憧憬、機敏さ、技巧的な華やかさ)を描き分ける。
  • 音楽的フレージング:当時の演奏慣習を想定して、長短句の呼吸や装飾音の前後処理を丁寧に行う。過度なルバートは控えめにしつつ、フレーズの自然な盛り上がりを作る。
  • タッチとダイナミクス:古典派の透明感を保持しながら、現代のピアノでも音色の階調を意識して弾く。軽いスタッカートや繊細なレガート処理を使い分けることが有効。

評価と受容

本作はモーツァルトの主要なピアノ作品群(ソナタや協奏曲)に比べると規模は小さいものの、室内演奏やリサイタルの前座、録音では短い小品集の一部として取り上げられることがあります。作品はモーツァルトの変奏技法(主題と対位・和声の操作、装飾の工夫)を短時間で示す教材的価値も持ち、演奏者や学習者にとって手頃なレパートリーとされています。近年では歴史的演奏法を取り入れた演奏や、現代ピアノでの明晰な解釈がともに行われています。

楽譜と校訂情報

この作品は古典期の小品として各種版が刊行されており、無料でアクセスできるスコア(所謂パブリックドメインの写譜や校正版)も存在します。信頼できる版としては新モーツァルト全集(Neue Mozart-Ausgabe, NMA)や著名な校訂譜を参照するのが望ましいでしょう。インターネット・アーカイブやIMSLPなどのオンライン・ライブラリでも原典版や歴史的版の参照が可能です。

まとめ

「羊飼いの娘セリメーヌの主題による12の変奏曲 K.359」は、モーツァルトが日常的な素材を用いて巧みに変奏技法を展開した好例です。短いながらも構成のまとまりと表現の幅を持ち、学習用にもコンサート用にも適した作品です。演奏者は主題の明瞭さを保ちながら各変奏の色彩を生かし、古典派のテイストを意識して解釈することで、聴衆に作品の魅力を伝えられるでしょう。

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参考文献