バッハ BWV21『わが心には憂い多かりき』徹底解説 — 歴史・構成・演奏と聴きどころ
バッハ:BWV21『わが心には憂い多かりき』— 概要と歴史的位置づけ
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)が作曲した教会カンタータ BWV21『Ich hatte viel Bekümmernis(わが心には憂い多かりき)』は、作曲年代や用途に関して興味深い歴史的経緯を持つ作品です。一般にはワイマール時代(およそ1713年頃)に初期の版が作られたと考えられ、その後バッハ自身によって改訂・拡大された可能性が指摘されています。長大でドラマ性の高いこのカンタータは、初期バッハの宗教曲における実験的要素と成熟期の技法の接点を示す作品として、音楽史的にも注目されています。
テキストの特徴と神学的背景
BWV21 のテキストは、聖書の語句、賛歌の一節、当時の詩的自由詩(レチタティーヴォやアリア用の独立した詩)を組み合わせたものです。タイトルの「わが心には憂い多かりき」は個人的な嘆きと神への信頼の交錯を示す感情を端的に示しており、作品全体を通じて嘆き・訴え・慰め・感謝という転調的なドラマが展開されます。聖書の引用を織り込むことで、個人的経験が共同体の信仰理解へと結びつけられる構成が取られています。
音楽的構成と特徴
BWV21 は規模が大きく、多様な音楽形式を含む点が特徴です。通例の教会カンタータよりも長く、合唱、独唱アリア、レチタティーヴォ、コラール(賛歌)などが緊密に配置されています。次のような要素が際立ちます。
- ドラマティックな言語表現:個人的嘆きの場面では一人声部の情感豊かなレチタティーヴォやアリアが用いられ、聴衆に直接訴えかけるような緊張感が作られます。
- 合唱の機能的配置:合唱は単なるクライマックスだけでなく、テキストの共同体的解釈や神の応答を示す役割を持ち、対位法的な処理やホモフォニックな箇所が効果的に使い分けられます。
- コラールの挿入:賛歌のフレーズが作品全体の道徳的・信仰的な枠組みを形成し、個人的感情を教会的視座へと回収します。
- 器楽の色彩とテクスチュアの変化:器楽伴奏は時にソリスティックに、時にリトルネロ的に用いられ、声部の内面描写を支えます。
楽曲の構造(概観)
BWV21 は単純な番号付けで示せるような短い形式ではなく、複数のセクションからなる大作です。典型的な流れは以下のように理解できます(作品版による細かな挿入や改訂を含めて複雑さがあります)。
- 導入部(序奏的な合唱・合唱的導入)
- 独唱による嘆き・レチタティーヴォおよびアリア
- 対話的な二重唱やアンサンブル的場面
- コラールの挿入や聖書引用の合唱的提示
- 総合的な締めくくりとしてのコラールや合唱の結尾
この構成により、個人的な苦悩(Ich hatte viel Bekümmernis)から共同体の慰めへというドラマが音楽的に回収されます。
作曲様式と表現技法
BWV21 に見られる作曲上の特徴として、バッハの早期成熟が伺えます。次の点が典型です。
- 対位法とホモフォニーの巧みな交替:合唱部では精緻な対位法が用いられつつ、テクストの明瞭化が求められる箇所ではホモフォニックな扱いが選ばれます。
- 語尾の装飾とレチタティーヴォの語法:語の強弱や句読点に合わせたリズム処理、装飾的なフィギュレーションが感情表現を強めます。
- 器楽の描写力:弦や木管の独立したソロは、テキストのイメージを音で描く役割を担います。器楽的なリトルネロがアリアの枠組みを形成することも多いです。
演奏実践上のポイント
BWV21 を演奏するときの重要な選択肢は、歴史的実践(古楽器・小編成)を採るか、モダン楽器で豊かな音色を目指すかという点です。歴史的実践はテンポ感や音色の透明性、バランスの取り方でバッハの細かな声部処理を浮かび上がらせますが、大編成の演奏はよりオーケストラ的な迫力と宗教的荘厳さを強調します。
その他の実践的留意点としては:
- テクスト理解に基づくフレージング:テキスト毎に語尾や句読点を楽句に反映させる。
- 合唱の明瞭度:長大な構成を支えるためには子音の明瞭な発音とダイナミクスの工夫が不可欠。
- ソロのキャラクター作り:嘆き、訴え、慰め、賛美といった感情の違いを声質・装飾で明確にする。
聞きどころと分析的な視点
聴衆としてBWV21を楽しむための聴きどころは多様です。まずは「物語の軸」を追うこと—すなわち『嘆き→訴え→応答→慰め→賛美』という感情の彫琢を追ってください。演奏によっては同じ節が異なる音色で表現され、音楽がどのようにテキストを“翻訳”しているかが明確になります。
また、合唱に注目すると、対位法的な合唱句がどのように共同体的理解を表現しているかが分かります。独唱アリアでは器楽との対話的構造を探り、どの楽器がどの語句を強調しているかを意識して聴くと、作品の内部構造が立体的に見えてきます。
受容史と現代での位置づけ
BWV21はバッハの他のカンタータ群と同様、19世紀のバッハ再評価運動以降に研究・上演が活発になりました。20世紀後半からは歴史的演奏法の普及に伴い、さまざまな解釈が示され、長尺かつ多面的なこの作品の魅力が再発見されています。現在では教会音楽/コンサートレパートリーの双方で重要な位置を占めています。
聴き比べとレパートリーとしての扱い
演奏者や指揮者によってテンポ、アーティキュレーション、編成が大きく異なるため、複数の録音を比較することで作品の多層性を深く味わえます。特に、ソロ歌手の表現的判断や合唱の編成(小編成での透明さか大編成での迫力か)が曲全体の印象を大きく左右します。
まとめ
BWV21『わが心には憂い多かりき』は、バッハのカンタータ群の中でもスケールと表現の幅が際立つ作品です。個人的な嘆きと共同体的な信仰が音楽的に折り重なり、聴き手に強い感動を与えます。演奏史の蓄積により多様な解釈が存在するため、いくつかの録音を比較して聴くことをおすすめします。
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参考文献
- Bach Digital: Ich hatte viel Bekümmernis, BWV 21
- Bach Cantatas Website: BWV 21
- Wikipedia: Ich hatte viel Bekümmernis, BWV 21
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