バッハ BWV690–713(キルンベルガー・コラール集)を深読み──成立・編曲・演奏の実際と聴きどころ

はじめに:キルンベルガー・コラール集とは何か

BWV690–713として番号づけられている一連のコラール前奏曲群は、一般に「キルンベルガー・コラール(Kirnberger Chorales)」と呼ばれます。これらはヨハン・セバスティアン・バッハの名でカタログ化されていますが、成立過程や作者の帰属については単純ではありません。作品は短小で実用性を重視したオルガン曲が多く、教会暦や礼拝での実用を念頭に置いたものと考えられますが、写本と伝承の流れ、編纂者であるヨハン・キルンベルガー(Johann Kirnberger, 1721–1783)の関与など、歴史的・学術的検討が不可欠です。

成立と伝承:写本・キルンベルガーの役割

キルンベルガーはバッハの弟子の一人であり、バッハ遺品の一部を所持しつつ編集・伝播に関わりました。BWV690–713の多くは、キルンベルガーの写本や彼を介した伝承経路から知られるようになったため「キルンベルガー・コラール」と呼ばれます。ただし、これらの作品群は必ずしもバッハ本人が作曲したことが確実ではなく、写譜者や後世の手が加わった可能性、あるいは他作曲家の作品が混入している可能性が研究で指摘されています。

20世紀以降の系譜整理(特にBach-Werke-Verzeichnis=BWV番号の割当)により、これらはまとめて BWV690–713 に収められましたが、学術版(Neue Bach-Ausgabe)や現代の研究では各曲ごとに帰属の評価が行われています。つまり「バッハ作品として扱われてきたが、現在は帰属が疑わしい/不確定とされる曲がある」という点が重要です。

楽曲の概要と様式的特徴

BWV690–713群の共通点として挙げられるのは、短い形式、明瞭な旋律処理、礼拝実務に適した実用性、そしてしばしば左手やペダルによる簡潔な伴奏形です。前奏曲(Vorspiel)としての機能を果たすため、コラール旋律(カントゥス・フィルムス)の扱いは直接的で、旋律が上声に提示されるもの、下声や内声に配置されるもの、あるいはペダルに置かれるものなどバリエーションがあります。

和声進行は典型的なバロック期のコラール和声を踏襲する一方で、対位法的な凝り方はオルガンの教育的・実用的側面を反映して控えめな場合が多いです。これにより、演奏者には明快なフレージング、音価の均衡、適切な装飾の選択が求められます。

帰属問題:どの曲が“本当に”バッハか

現代の音楽学では、写本の筆跡、和声・対位法の特徴、他の確実なバッハ作品との比較を通じて帰属が検討されます。BWV690–713のうち幾つかはバッハ本人の作例と整合する要素を持つ一方、逆に構造が簡素すぎたり用法が地域的に限定された写本伝承を持つため、弟子や同時代の諸作曲家(たとえばフリードリヒ・ヴィルヘルム・ツェルナーや他のオルガニスト)に帰せられる可能性が指摘されてきました。

この帰属の不確定さは、聴衆や演奏家にとっては学術的関心の対象である一方、音楽自体の実用性や芸術的魅力を損なうものではありません。多くの演奏家は、作品の音楽的価値を根拠にレパートリーに取り入れており、歴史的文脈を明示した上で演奏・録音しています。

楽曲分析:扱われるコラール旋律と技法

コラール旋律の取り扱い方は作品ごとに多様ですが、典型的なタイプを挙げると以下のようになります。

  • 旋律が上声にあるタイプ:メロディが明瞭に歌われ、下位声が伴奏的な動きをする。礼拝での前奏として歌詞を想起させる明快さが重視される。
  • 旋律が内声または低声にあるタイプ:対位法的な配置が増え、和声進行を見る楽しみがある。演奏上はバランス調整が鍵になる。
  • ペダルに旋律があるタイプ:オルガンならではの効果。ペダルの音色選択、レジストレーションが作品の色合いを決める。

装飾やアーティキュレーションは写本に示されない場合も多く、演奏家はバロック演奏慣習に基づき、旋律線を有機的に歌わせること、二声的・三声的テクスチャーの均衡を保つことが求められます。

演奏実技:レジストレーションとテンポの考え方

これらのコラール前奏曲は実用曲であるため、派手な登録(レジストレーション)を前提としないことが多いですが、教会の楽器やコンセールトオルガンの状況に応じた選択が重要です。一般的な指針は次の通りです。

  • 旋律が上声にある場合は、やや明るいリードやフルート様ストップで歌わせる。
  • ペダル旋律は十分に支えるため太いボア(16'や8')を選択し、内声が埋もれないよう注意する。
  • テンポは過度に速めず、テキストを想起させる程度の歌心を持たせる。礼拝実務を想定すれば持続音や和声の安定感が重要。

装飾の扱いでは、過剰なルバートやロマン派的なテンポ変化を避け、バロック的なフレージングと装飾観で統一するのが自然です。

編曲・教育的利用

BWV690–713の簡潔さは、オルガン学習者にとって優れた教材となります。対位や和声の基礎、ペダルの独立や伴奏のバランス感覚を養う実践的レパートリーとして重宝されます。また、現代のピアノ用編曲やアンサンブル編曲も行われており、時にはコラール旋律の魅力を別の音色で発見する機会にもなっています。

版と録音:どの版を参照すべきか、聞きどころ

学術的な演奏や研究には、信頼できる校訂版(例えばNeue Bach-Ausgabeや主要な学術出版社の版)を参照することが望まれます。史料的な注記や写本比較が記された版は、帰属問題や装飾の扱いを考える際に有用です。

録音では、歴史的奏法に基づく演奏と、現代的音響・オルガンを活かした演奏の両派が存在します。聴き比べで注目したい点は、テンポ感、レジストレーション、コラール旋律の位置づけ(上声か下声か)といった処理の違いです。これにより同じ楽譜でも曲想が大きく変わることがわかるでしょう。

音楽史的意義と今日における評価

BWV690–713はバッハ研究の中で「周縁的」かつ興味深い存在です。確実な創作群(例えばオルガン作品の中核)は別にある一方で、キルンベルガーを介した伝承や帰属の問題は18世紀後期から19世紀にかけての楽曲の受容史を照らす鏡とも言えます。演奏家や研究者は、これらを通じてバッハとその周辺の音楽文化、弟子たちの役割、写本文化の機能について多角的に学ぶことができます。

聴きどころの具体的提案(曲ごとに注目すべき点)

いくつか代表的な聴きどころを挙げます。曲名や番号ごとに聴き比べると、各曲の個性が際立ちます。

  • 旋律の提示位置:どの声にコラールがあるかを確認すると、和声処理や対位の巧みさが見えてくる。
  • ペダルの扱い:旋律がペダルにある曲では、低音の輪郭と上声の対比に注目。
  • 和声のちょっとした転回や代理和音:短い曲の中に書かれた工夫を探す楽しみ。

まとめ:学術性と演奏性の交差点

BWV690–713、いわゆるキルンベルガー・コラール群は、バッハの名で伝わる短いオルガン用コラール前奏曲群として、音楽学的には帰属や写本伝承の問題を孕みつつ、演奏面では実用的かつ魅力的なレパートリーを提供します。歴史的背景や版の注記を抑えつつ聴き・弾くことで、18世紀〜19世紀の音楽受容史とオルガン文化の実際がより立体的に理解できるでしょう。

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参考文献