時代を超えたラグタイム再発見──ジョシュア・リフキン演奏『ピアノ・ラグス』徹底解説

1970年11月、アメリカのクラシック・レーベルであるノンサッチ・レコード(Nonesuch Records)からリリースされた『Scott Joplin: Piano Rags』は、スコット・ジョプリンの代表的ラグタイム作品を、ピアニストのジョシュア・リフキンが“クラシック演奏”として再構築した画期的なアルバムです。伝統的にはジャズの一分野として語られてきたラグタイムを、厳密なテンポと明瞭なタッチで演奏することで、作品そのものの音楽美を際立たせ、当時“忘れられかけていた”ジョプリン研究に世界的な光をあてました。


背景

ラグタイムの歴史的文脈

19世紀末から20世紀初頭にかけて黒人音楽としてアメリカ南部で誕生したラグタイムは、ピアノの右手と左手で異なるリズムを組み合わせる“ラグド・リズム”に特徴があります。スコット・ジョプリン(1868–1917)はその最重要作曲家として知られ、当時は楽譜が出版されるのみで演奏の記録は残されていませんでした。

1970年代の再評価ムーヴメント

1960年代末から“アメリカ音楽のルーツ再発見”が潮流となり、その一環として学者や演奏家によるジョプリン研究が活発化。ジョシュア・リフキンは、クラシックの厳密な技法を持ち込みつつも、オリジナルのスコアがもつ独特のスイング感を損なわない演奏哲学を提唱し、1970年の本作発表へと至りました。


録音と演奏

演奏スタイル

リフキンのアプローチは「余計な装飾を廃し、作曲家の意図を忠実に再現すること」。そのため、当時流行していた軽妙なトラディショナル・ジャズ風の即興性は抑えられ、楽譜に示された音価・リズムがよりクリアに聴き取れます。強弱の対比も明確で、まるでモダン・クラシックの室内楽を聴いているかのような新鮮さがあります。

録音環境

ニューヨーク近郊のスタジオで行われた録音は、マイク配置やホールトーンの調整に細心の注意が払われ、リフキンのタッチが生み出す微細なニュアンスまでも逃さない仕上がりに。エンジニアにはマーク・J・オーボートとジョアンナ・ニクレンツ、プロデューサーにはテレサ・スターンが名を連ね、いずれも当時ノンサッチが誇る録音チームでした。


収録曲解説

本作はオリジナルLP2面/計8曲のコンパクトな構成ですが、どれもジョプリンの代表作ばかりです。

  • Side A
    1. Maple Leaf Rag(3:15)
      ジョプリンの最高傑作にしてラグタイムの定番。左右のリズムが交錯する緻密さが際立つ。
    2. The Entertainer(5:02)
      演奏会でも人気の高い曲。軽快さの中に隠された“哀愁のテーマ”がリフキンの解釈で一層引き立つ。
    3. The Ragtime Dance(3:20)
      歌詞付き楽譜の舞踏音楽をピアノ・ソロ用に編曲。原曲のダンサブルな要素を維持しつつ、構造の美しさを強調。
    4. Gladiolus Rag(4:30)
      マイナー調でありながらも躍動感あふれるリズム。陰影のつけ方がリフキン流のオリジナリティ。
  • Side B
    5. Fig Leaf Rag(4:40)
    シャープなシンコペーションが印象的。バランス感覚が鍵となる楽曲。
    6. Scott Joplin’s New Rag(3:10)
    ジョプリン晩年の創作。幻想的な和声が隠れており、解釈次第で全く異なる表情を見せる。
    7. Euphonic Sounds(3:55)
    楽譜上はシンプルだが、演奏家の技量が問われる小品。リフキンの繊細なアーティキュレーションに注目。
    8. Magnetic Rag(5:15)
    “磁力”をイメージさせる複雑なリズム構造。終盤に向けて徐々に盛り上がるカタルシスが魅力。


評価と受賞

  • 商業的成功:リリース後わずか1年で10万枚以上を売り上げ、ノンサッチ初のミリオンセラーに。
  • チャート:ビルボードのクラシックLPチャートで5位にランクイン。
  • グラミー賞ノミネート:第14回(1972年)グラミー賞にて「器楽ソロ演奏賞」と「アルバム・ノート賞」にそれぞれノミネート。

影響とレガシー

  • 映画『スティング』への採用:1973年公開のヒット映画『スティング』で、本作から数曲が使用され、サウンドトラック盤のヒットと相まってラグタイム・ブームが再燃。
  • 続編リリース:1972年の『Volume II』、1974年の『Volume III』までシリーズが続き、ラグタイム全集としての完成度を高めた。
  • 学術的波及:リフキンの演奏を契機に、音楽学者や演奏家によるジョプリン研究が活発化。以後、楽譜の校訂版出版やレア録音の発掘なども進行。

コレクターズ・アイテムとして

オリジナルLP(US・Terre Hauteプレス)は中古市場で10~20ドル程度が相場。ライナーやカバーにダメージがない良好品は、コレクターズショップで30ドル以上の値がつくこともあります。CD初回リイシュー(1987年発売/ボーナストラック追加)も人気で、国内盤プレスは特になお希少価値が高まっています。


結び

ジョシュア・リフキンの『Piano Rags』は、単なる再録ではなく「スコット・ジョプリンの音楽を新たに定義した」歴史的名盤です。ラグタイムの魅力をストイックに提示する演奏と高品質なプロダクションは、50年以上を経た今なお色あせず、現代のリスナーにも強いインパクトを与え続けています。ラグタイム入門にも、マニアのディープな研究にも応える一枚として、ぜひ手元に加えていただきたい作品です。

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